00 — いま / まずは基本
ステーキングは、ETHを預けてネットワークを守る仕事
32 ETHを預けたバリデータが、ブロックが正しいかを確認し、その働きに報酬を受け取ります。この報酬の出どころが、今回の提案の舞台です。
ステーキングが増えるほど、1人あたりの利回りは下がります。ただし今の設計では、どこまで増えてもゼロにはなりません。全ETHが預けられても年約1.5%が残る——この「消えない下限」が、提案のきっかけです。
00 — いま / 現在地
いま、供給の3分の1が預けられている
比率が3分の1を超えたのは2026年4月。参加の行列はプロトコルの上限に張りついたまま、いまも毎月およそ173万ETHずつ増え続けています。
なぜ「毎月173万ETH」なのか — 入口には固定の関所がある
預けてもすぐには参加できません。プロトコルが入場ペースに上限をかけているためです。この上限がいま満杯で張りついていることが、議論を急がせています。
この差は縮み続けています。何もしなければ2028年初頭までに7,000万ETH超(供給の55%超)に達する、というのが提案者の試算です。
00 — いま / 報酬の中身
バリデータの収入は、2種類でできている
プロトコルが新しく発行するETH(発行報酬)と、利用者が払う優先手数料+MEV。今回の提案が触るのは前者だけです。ここが最大の誤解ポイントなので、先に覚えておいてください。
「報酬がゼロになる」わけではありません。ゼロに向かうのは青い発行報酬だけで、オレンジの手数料とMEVは残ります。ただし、この構成比が変わること自体が新しい論点を生みます——それは第2章で。
01 — なにが問題? / 行き先
このまま進むと、どこに着くのか
入口の関所は満杯のまま、毎月173万ETHずつ入り続けています。このペースが変わらなければどうなるか——提案者の試算を再生してみてください。
オレンジの線「飽和点」とは。EIP-8363が「ここまで来たら発行報酬をゼロにする」と定めた水準で、60.25M ETH(供給の約49.5%)です。提案側が引いた線であって、いまのプロトコルには存在しません。この図では「現行のままだとその線を越えていく」という比較の目印として使っています。
01 — なにが問題? / 止まらない理由
利回りは下がる。でも、ゼロにはならない
預ける人が増えれば1人あたりの取り分は減ります。ところが今の発行カーブは、供給のすべてが預けられても年約1.5%を払い続ける形です。スライダーを動かして、右端まで確かめてみてください。
つまり「これ以上は預けなくていい」と伝える仕組みが、いまのプロトコルには存在しません。市場が求める利回りが1.5%を下回る限り、比率は上がり続けます。EIP-8363は、このスイッチを付けようという提案です。
01 — なにが問題? / 誰が持つのか
預けないと薄まる。だから、みんな預ける
新しく発行されたETHは、預けた人だけが受け取ります。預けていない人は、何もしていないのに持ち分の割合が減っていく——提案者はこれを「非ステーカーへの事実上の税」と呼びます。
問題は、みんなが向かう入口の広さが違うことです。手軽なのは取引所やETF、そしてLST(ステーキング証明トークン)。自分でバリデータを動かす道は、いちばん狭い扉です。
懸念A — 手取りがゼロを割るのは、ソロステーカーが先
同じ利回りでも、手元に残る額は人によって違います。表示される利回りから、希薄化・税金・運営コストを引いた「本当の手取り」を並べてみます。
※ 希薄化 年0.9% と 表示利回り 2.58% は実際の値。税・運営費の比率は概念的な例です。 灰色は差し引かれる分、色つきは残る分。
懸念B — DeFiの土台が、ETHから発行体のトークンへ
預けたETHの代わりに受け取るLSTは、そのままDeFiの担保として使えます。便利な反面、担保が「誰のものでもない資産」から「誰かが発行したトークン」に置き換わっていきます。
ここまでは提案者側の見立てです。「そもそも問題ではない」「対策が逆効果になる」という反論も強く出ています——たとえば、利回りがゼロに近づけば真っ先に降りるのはむしろソロステーカーだ、という指摘です。次の章で、しくみと賛否を並べて見ていきます。
02 — しくみと賛否 / 提案の中身
預けるほど、発行報酬が燃える
EIP-8363のしくみは1本の式で決まります。バーン率 b は、預けられたETH が 60.25M に近づくほど大きくなり、到達すると 100% です。スライダーを動かして、燃える量と残る量を見てください。
オレンジの帯が広がっても、いちばん下のオレンジ色は消えません。燃やされるのは発行報酬だけで、利用者が払う手数料とMEVは手つかずです。ただしスライダーを右に送ると、収入に占めるMEVの割合がぐんぐん上がります——これが後で出てくる批判の火種になります。
02 — しくみと賛否 / 移り変わり
額面はいったん2倍になり、そこから18カ月かけて戻る
いきなり利回りを半分にはしません。フォークの瞬間に報酬の係数を64から128へ倍増させ、同時にバーンをかけることで手取りをほぼ据え置き、そこから548日かけて64へ戻していきます。再生してみてください。
額面 = いまの額面 ×(報酬係数 ÷ 64)。フォークの瞬間に係数が64から128へ跳ねるので、額面は一気に2倍になります。手取りのほうはバーンがちょうど打ち消すので、ほぼ据え置きに見えます。
この設計が、いちばん具体的な批判を呼びました。バーンは「少なく配る」のではなく「満額配ってから焼く」方式です。報酬を受け取った時点の額面に課税する国では、手取りが変わらないのに課税対象が2倍になります。焼かれた分が損失として控除できるかは、まだどの国も答えを出していません。
02 — しくみと賛否 / 論争の核心
本当に50%の手前で止まるのか
提案者は「50%に着く前に市場が均衡するから、ゼロには届かない」と言います。批判者は「利回りへの要求が下がり続けるなら、着く先はゼロそのものだ」と言います。同じ式でも、前提を変えると答えが変わります。横線をドラッグして、ボールの転がる先を確かめてください。
赤い線は「ステーカーがこれだけもらえるなら預ける」と考える最低ラインです。線より上にいる間は預ける人が増え、線を下回ると預けるのをやめる人が出ます。だからボールは、坂と線がぶつかる場所で止まります。
提案者は「ステーカーが求める利回りは必ずプラスなので、ボールは50%より手前で止まる。ゼロは行き先ではなくオフスイッチだ」と主張します。批判者は「インフラが成熟して要求利回りがゼロへ近づくなら、止まる場所は飽和点そのもの。逆に要求利回りが高いままなら、そもそも放っておいても伸びは止まったはずだ」と返しています。どちらが正しいかは、誰も観測できない「市場が求める利回り」次第です。
02 — しくみと賛否 / 賛成側の根拠
大きい事業者ほど、早く「増やしても損」になる
事業者の取り分は「自分のシェア × 全体に配られる総額」で決まります。いまのルールでは、預かる量を増やせば両方とも増えるので必ず増収です。ところが提案下では、ある点を過ぎると総額そのものが減り始めます。
① まず、全体に配られる総額が変わります
※ 次の図には2つの「%」が出てきます。分母が違うので、先に整理します
② その結果、大きい事業者から順に「増やすと減収」に変わります(縦の並び=預けられたETHのうちその事業者が預かる割合)
ただし、これには強い反論があります。大手の多くは「自分の判断で預ける量を決めている」のではなく、顧客から預かった結果としてその規模になっている、という指摘です。シェアを抑えれば競合に流れるだけで、結局は利回り低下だけを被る——それなら誰も自主的には止まらない、というわけです。
02 — しくみと賛否 / 言い分
賛成と反対、それぞれの言い分
提案は2026年8月4日の提出直後から激しい議論になりました。主な論点を、立場ごとに並べます。
発行に上限がつく
年0.5%をピークに以降は低下。非ステーカーが受ける希薄化(年約0.9%)が抑えられ、実質利回りはむしろ改善する。
利回りを市場が決める
カーブが押し付ける下限がなくなり、ステーカーが求めるリスクの対価と釣り合う場所で比率が決まるようになる。
規模の拡大が割に合わなくなる
大きい事業者ほど早く「増やしても損」の領域に入る。集中に報いる構造を止められる。
いま動かないと手遅れになる
比率が上がるほど、現状で利益を得る側の声が大きくなり改革は難しくなる。発行を後から増やすフォークは容易だが、過剰なステークを巻き戻すのは困難。
議論の時間がなさすぎる
締切の48時間前に提出。この規模の金融政策変更に必要なレビュー期間がない、という指摘がフォーラムで最多の賛同を集めた。
税金の扱いが未解決
移行中に課税対象の額面が2倍になる。焼かれた分が控除できなければ、正常に動いているバリデータが赤字になりうる。主要国の税務見解を求める声が出ている。
残るのは利回り目当てでない主体
利回りが消えれば降りるのは経済合理で動く人。残るのはETF・取引所・企業財務など、商品や会計の都合で預ける主体——提案が恐れた相手そのものだ、という逆説。
MEVへの依存が強まる
収入に占めるMEVの割合が7%から19%、30%へ。MEVの獲得は規模と技術で差がつくため、かえって集中を招く。提案者も認め、将来のMEVバーンとの併用で応じている。
DeFiの基準金利が壊れる
ステーキング利回りはETH建て金利の基準。これが薄くなると貸借やレバレッジ戦略が成り立たず、利回りを求める資金がステーブルコインへ流れる。
安全性の見方が違う
安全性はステーク量ではなく「誰がフォーク選択を支配できるか」で決まる。現実の脅威は鍵の窃取やカストディ侵害であり、運営者の採算を悪化させれば大手への集約が進むだけだ。
下限を残す・もっとゆっくり
DeFi崩壊論は誇張だが、レバレッジ勢は確実に影響を受ける。テーパーの速度を落とすか、利回りの下限を1〜1.5%に置けば、多くの参加者が納得できるのでは、という提案も出ている。
反対を表明した顔ぶれには、Aaveのスタニ・クレチョフ氏、ether.fiのマイク・シラガゼ氏、Obolのオイシン・カイン氏、SharpLinkのジョセフ・チャロム氏、rotkiのレフテリス・カラペツァス氏らが並びます。一方で「方向性に賛成する人も多いが、反対側の声のほうが大きいだけ」という指摘や、反対の一部はLST・DeFi事業者の収益に関わる立場を反映しているという見方もあります。
03 — これから / 現在地
提案はまだ、出発点に立ったところ
An EIP passes through several gates before it reaches an upgrade. EIP-8363 was filed within the submission window and is now in its discussion period; the next gate is still ahead.
2026年8月4日。誰でも出せる段階で、採用の約束はまったくありません。
The stage where a proposal is formally tabled for discussion. Filed within the August 6 submission window and debated for 30 minutes on that day's call.
開発者が「入れたい」と合意した状態。実装とテストが始まります。
アップグレードに正式に含めると確定した段階。ここまで来て初めて「決まった」と言えます。
2027年予定のアップグレード。ここからさらに548日の移行が始まります。
「イーサリアムがステーキング報酬を廃止する」わけではありません。いまの状態は、6人の提案者が案を出し、コミュニティが議論を始めた——それだけです。採用も、見送りも、まったく別の形への作り替えも、すべて可能性として残っています。
03 — これから / 未解決
まだ答えの出ていない5つのこと
議論が続いているのは「賛成か反対か」だけではありません。仮に方向性が受け入れられたとしても、決めなければならないことが残っています。
税の扱い
移行中に課税対象が2倍になる問題。焼かれた分を損失として引けるのか、主要国の税務見解はまだ何も出ていません。
下限を設けるか
ゼロまで下げず、年1〜1.5%で止める妥協案が出ています。採用すれば反対の多くは和らぎますが、提案の狙い(オフスイッチ)は弱まります。
移行の速さ
548日は速すぎるという声があります。もっと長くすれば衝撃は和らぎますが、その間に比率はさらに上がります。
MEVバーンと組むか
発行だけを絞るとMEV依存が強まります。提案者は将来のMEVバーンとの併用で応じていますが、そちらもまだ提案段階です。
そもそも通るのか
Hegotáのヘッドライナーは別の提案(FOCIL)です。EIP-8363は追加候補の一つにすぎず、次の版へ先送りされる可能性もあります。
03 — これから / もし通ったら
燃やす仕組みが、3つ目になる
イーサリアムにはすでに2つのバーンがあります。取引の基本手数料(EIP-1559)と、ブロブ手数料です。この提案が通れば、発行報酬のバーンが3つ目として加わります。
では、供給は本当に減るのでしょうか。答えは「手数料のバーンがどれだけあるか次第」です。ネットワークの混み具合で変わるので、想定を動かして確かめてください。
03 — これから / 年表
ここまでと、ここから
- 2026.08.04提案が提出された
6人の共著。当初はEIP-8361として流通し、番号の重複により8363へ改番されました。
- 2026.08.06Submission deadline — filed in time
Debated for a 30-minute slot on that day's core devs call. No EIP was accepted or rejected on that date. The late filing did draw criticism, and a suggestion that the authors consider withdrawing it was recorded.
- 2026.08(いま)議論の真っ最中
フォーラムと開発者会議で、税・MEV・下限の是非などが並行して検討されています。
- 2026年秋ごろ?次の判断がありうる
CFIに進むか、修正するか、見送るか。10月ごろという見方がありますが、確定した日程ではありません。
- 2027年?Hegotáアップグレード
採用された場合のみ。ヘッドライナーはFOCILで、本提案は追加候補という位置づけです。
- その後 548日段階的な移行
報酬係数が128から64へ。完全適用は2029年ごろになる計算です。
続きを追いたい人へ。議論の本体はEthereum Magiciansのスレッドで、提案者本人が反論に答えています。実際の採否は隔週の開発者会議(ACD)で扱われ、議事録も公開されています。ニュースの見出しよりも、この2つを見るほうが正確です。